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東京高等裁判所 昭和58年(く)160号 決定

少年 G・S(昭四〇・六・二一生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○○○、同○○△○共同作成名義の抗告申立書及び抗告申立補充書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

抗告趣意二(法令違反の主張)について

論旨は、要するに、附添人らは、原審において、審判期日前に係書記官に本件社会記録の閲覧を求めたところ、担当裁判官が不在でその許可を得られないとの理由で二回に亘りこれを拒否され、さらに、審判期日後にその閲覧を求めたところ、係書記官を通じ、閲覧は不許可とする旨の通知を受けたが、本来、社会記録は少年審判規則七条二項所定の「保護事件の記録」に含まれるものと解すべきであるから、附添人は、審判開始の決定後はこれを閲覧することができる筈であるのに、その閲覧を裁判所の許可にかからせ、その許可が得られないとか、不許可とされたとして附添人の閲覧を不可能にさせたのは、同規則及び憲法三一条に違反するものであり、右法令違反が決定に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論に鑑み、関係記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、以下の事実が認められる。

(一)  昭和五八年五月一一日、浦和家庭裁判所川越支部は、少年に対する窃盗保護事件(同庁昭和五八年少第一二一五号)を受理し、即日、同事件につき審判を開始する旨を決定し、併せて家庭裁判所調査官に対し調査を命じた。同月一三日、同庁は、少年に対する窃盗保護事件(同庁昭和五八年少第一二三六号)を受理したが、右事件については特に審判開始決定をすることなく、同月一六日、家庭裁判所調査官に対し調査を命じ、さきの事件について指定した審判期日である同年六月二日、後の事件をさきの事件に併合する旨決定し、両事件を併合審判のうえ、同日、少年を中等少年院に送致する旨を決定した。

(二)  原審附添人の一人である弁護士○○△○(以下「附添人」という。)は、同年五月一九日、両事件の法律記録を閲覧し、審判期日後の同年六月六日、裁判所の許可を得てこれを謄写した。

(三)  原決定前における社会記録の閲覧に関する状況は、次のとおりである。

(1)  同年五月三一日、附添人は、本件の係書記官に対し、本件社会記録の閲覧を求めたが、当日は担当裁判官の宅調日でその指示を得られず、また、同記録は担当裁判官が自宅に持ち帰つているとの回答であつたため、明日来庁すると告げ、少年事件記録等閲覧・謄写票(以下「閲覧票」という。)の作成手続をすることなく、退出した。

(2)  翌六月一日、担当裁判官は登庁し、五階の裁判官室等で執務していた(当日は刑事単独事件の開廷日であつた。)が、午後四時二〇分ころ、本件社会記録を含む諸記録を三階の書記官室に返却して退庁した。その際、係書記官は、閲覧票未提出のため、本件社会記録の閲覧につき、担当裁判官の指示を求めなかつた。その約一〇分後、附添人が来庁し、本件社会記録の閲覧を求めたが、係書記官において、担当裁判官が退庁後であるため、その指示を受け得ない旨を告げると、これを了承し、明日審判期日の開始前に閲覧を求める旨言い置いて退去した。

(3)  審判期日は翌六月二日午前一〇時三〇分と指定されていたが、附添人は、同日、原審相附添人である弁護士○○○○(以下「相附添人」という。)とともに、指定時刻間際に書記官室を訪れたので、係書記官において、「社会記録の閲覧はどうしますか。」と尋ねると、「もう結構です。」と答えた。

(4)  審判期日の手続において、附添人及び相附添人は、本件社会記録を閲覧できなかつたことにつき何らの異議を申し述べることなく、少年の要保護性につき交々意見を陳述するとともに、附添人において、本件各被害者との間の示談書四通を提出した。右意見陳述の後、担当裁判官は原決定を言い渡した。

(四)  原決定後の同月七日ころ、附添人から係書記官に対し、本件社会記録の閲覧の許否を照会する電話があつたので、係書記官は、担当裁判官の指示を求めたところ、社会記録は見せられないとの意向であつたため、翌八日ころ、附添人に対し、電話でその旨回答した。

以上の認定事実に照らし、論旨の理由の有無につき検討する。

少年審判規則七条は、その一項において「保護事件の記録又は証拠物は、家庭裁判所の許可を受けた場合を除いては、閲覧又は謄写することができない。」との原則を定めるとともに、その例外として、二項において、「附添人は、前項の規定にかかわらず、審判開始の決定があつた後は、保護事件の記録又は証拠物を閲覧することができる。」と規定しているところ、ここに「保護事件の記録」とは、いわゆる社会記録を含むものと解するのが相当である。

右のとおり、附添人の閲覧権は、「審判開始の決定があつた後」に認められるものであるところ、本件においては、原審が同年五月一一日に受理した同庁同年少第一二一五号窃盗保護事件については、即日審判開始決定がなされているが、同月一三日に受理した同第一二三六号窃盗保護事件については、その旨の明示の決定がなされていない(前記(一)参照)。しかし、両者は同一の少年に対する同種の保護事件であり、特に後者についてのみ審判不開始とする事由は何ら窺われず、その後の経過に照らしても、原審としては、当初から後者についても審判を開始し、審判期日に前者と併合する予定であつたものと認められるから、記録の閲覧に関しては、両事件とも「審判開始の決定があつた後」として取り扱うのが相当である(前記(二)のとおり、法律記録については、原審もそのように取り扱つている。)。

そうだとすれば、前記少年審判規則七条二項の規定により、附添人は当然本件社会記録を閲覧する権利を有していたのであつて、これを家庭裁判所の許可にかからせることはできないものというべきである。もとより、閲覧権を有するからといつて、附添人において、いつ、どのような場合であつても、全く無制限に閲覧を求め得る訳ではない。担当裁判官が事件記録を調査する権限と責務を有することはいうまでもないから、両者の記録使用の必要が競合した場合に、その間の調整を要するのは当然のことである。また、閲覧場所の繁閑、審判開始時刻や執務時間終了の切迫など、事実上の理由から、係書記官において、他の機会における閲覧の了承を求めることも、考えられないではない。このような観点から、本件の具体的場合につき、検討を進めることとする。

まず、原決定前の状況につき考察する。〈1〉前記(三)の(1)の同年五月三一日には、担当裁判官が宅調のため本件社会記録を自宅に持ち帰つていたのであるから、附添人の閲覧請求に応じられなかつたことに何ら違法、不当の点はない。これに対し、(2)前記(三)の(2)の同年六月一日に附添人が来庁したときには、係書記官の手元に本件社会記録が存在したのであるから、その閲覧を拒むべき理由はなかつたものと認められる。担当裁判官は右記録を書記官室に返却して帰宅しているのであるから、同日中にこれを使用する意図のないことは明らかである。また、附添人の来庁は午後四時三〇分ころと認められるところ、右記録は、本文僅か一六丁(前件の分を含めても、二一丁)の薄いものであるから、執務時間内に充分これを閲了することができたものと考えられる。係書記官において、閲覧に応ずるには裁判官の指示を要すると考えたのは、謄写の場合と混同したか、法令を誤解したためと思われるが、もしそれが必要と考えたのであれば、前日の経緯から、同日附添人が閲覧のため来庁することは当然予期できたのであるから、担当裁判官の退庁前にあらかじめその指示を求めておくことは充分できた筈であり、閲覧票未提出などという手続的なことは、弁解にはならないのである。してみれば、係書記官において、附添人の閲覧を拒むについては、法令上の根拠も事実上の必要もなかつたものといわなければならず、同日が審判期日の前日であつたことを併せ考えると、附添人の権利に対する配慮に欠けるところがあつたことは否定できない。しかしながら、附添人は、係書記官の説明に納得し、閲覧権の即時行使に固執することなく、明朝、審判期日開始前に閲覧する旨、期限の猶予を与えているのであるから、結果的に見れば、係書記官の行為が附添人の閲覧権を違法に侵害したとまでは、一概にいい切れないものがある。〈3〉前記(三)の(3)の同月二日には、附添人及び相附添人は、前示のとおり、審判期日の開始前に本件社会記録の閲覧に必要な時間的余裕を置くことなく来庁し、係書記官の閲覧はどうしますかとの問いに対し、「もう結構です。」と答えているのであり、どのような判断に基づくものであるかは不明であるが、従前の閲覧の申込みを撤回し、閲覧権を行使する意思を放棄したことを明言しているのである。従つて、同日、係書記官において、それ以上本件社会記録を閲覧する機会を提供しなかつたことに何らの違法、不当はない。〈4〉以上を通観して見ると、右〈1〉及び〈3〉における係書記官の応対には何ら問題はなく、もつぱら右〈2〉における係書記官の行為が問題となるに過ぎない。前示のとおり、係書記官が本件社会記録の閲覧に応じなかつたことには、法令上の根拠も事実上の必要もなく、その限りでは右行為は違法との評価を避けられない。しかし、附添人は異議なくこれに応じ、翌朝の閲覧を約しているのであるから、この時点においては未だ閲覧権の侵害があつたとまでは認められず、また、翌朝閲覧がなされなかつたのは、附添人らの自由意思によるものであつて、前日係書記官が閲覧に応じなかつたことを原因とするものではない。しかも、前記(三)の(4)のとおり、附添人らは、審判期日において、本件社会記録を閲覧できなかつたことに関し、異議や期日続行の申立をすることなく、事件の実体につき意見を陳述しているのであるから、係書記官の前記〈2〉の行為によつて何らかの権利侵害があつたものとしても、これに対する責問権を放棄したものと認めざるを得ない。以上のとおり、原決定前における原審の手続に決定に影響を及ぼす法令の違反があるものとは認められない。

つぎに、原決定後の事情につき検討する。原審附添人は抗告権を有するものであるから(少年法三二条)、原決定後であつても、抗告期間内は、抗告申立の是非を検討するため、社会記録を含む保護事件の記録を閲覧する権利を有するものと解するのが相当である(少年審判規則七条二項)。従つて、前記(四)の如く、原審の担当裁判官において、附添人からの照会に対し、本件社会記録の閲覧を拒否する旨回答したのは、違法と認めざるを得ない。しかし、右の違法は原決定後になされたものであるから、これを以て原決定に影響を及ぼすものということはできず、また、その後附添人において適法に抗告申立をなしていることに照らし、附添人の抗告権の行使を妨げたものということもできない(なお、本件抗告理由の一つとして、原決定の処分の著しい不当が掲げられていることに鑑みると、附添人において、社会記録を検討しなければ、少年の要保護性に関し、充分な主張、立証を尽くし得ないことが考えられるが、それは抗告審における審査手続に関し配慮すべき事情であつて、原決定に影響を及ぼす法令の違反の問題ではない。当審においては、附添人に対し、本件社会記録の閲覧及びこれを検討した結果に基づく抗告申立補充書の提出を許している。)。

叙上の次第であつて、原審の手続に決定に影響を及ぼす法令の違反は認められず、論旨は理由がない。

抗告趣意一(処分不当の主張)について

関係記録を調査して検討すると、本件は、少年が、Aと共謀のうえ、原判示各日時場所において、前後四回に亘り、現金合計三八、四〇〇円位及び物品約三二点(時価合計二三、九〇〇円相当)を窃取したという事案であるところ、原決定が、少年の性格、非行歴、非行態様、処遇歴、保護環境等に関し、(保護処分に付した理由)欄の1ないし3に説示する事項は、概ねそのとおり肯認することができ、これらを総合すれば、この際、少年の健全な育成を期し、性格の矯正を図るためには、相当期間施設への収容処遇が必要であるとした原審の判断は相当と認められる。

所論は、〈1〉本件被害金品は軽微で、少年の母親においてこれを弁償して示談が成立しているので、非行事実と処遇とが著しく均衡を失すること、〈2〉共犯者Aは保護観察処分とされているが、その年齢、非行態様、非行歴、家庭環境を少年と比較しても大差なく、両者の処遇の差異は著しく公平に反すること、〈3〉要保護性として少年の異常な偏食等に見られる自立の失敗が指摘されているが、そのような点は、母親の知人で、父親代りに少年の監督を申し出ているB(板金塗装工場経営)の指導、協力によつて改善可能であることなどを挙げて、原決定の処分は不当であるという。

しかし、〈1〉少年は、本件以外にも同種非行を多数反覆し、常習的傾向が見られるなど、その非行性はかなり進んでいるものと認められ、表面的な非行事実との均衡を論ずるのみでは、適切な処遇を期することはできない。示談成立の点(但し、被害者C関係分は、示談書の作成月日、示談金額欄が空白のままであり、示談の成否は不明である。)は、被害回復及び母親の熱意の面では評価し得ても、少年自身、額に汗して努力した結果ではないから、要保護性の解消、更生意欲の顕われの面では評価するを得ない。〈2〉Aと少年とは同年齢であるが、窃盗を始めたのは少年の方が一年早く、中学二年時から前件共犯者Dと非行を重ねている。また、Aに補導歴が四回あるといつても、その内容は家出一回、深夜徘徊三回といつたもので、いずれも家裁送致を受けるに至つていない。これに対し、少年は、Dとの共謀による強盗保護事件により浦和家庭裁判所川越支部に送致され、母親と連名の誓約書を提出して昭和五八年二月一七日審判不開始決定を得ているが、その約一か月半後に原判示1の非行を犯し、同じ月のうちに四回の非行を重ねているのである。さらに、家庭の保護環境は大差ないものの、少年の場合は、母親の過保護が少年の性格上の問題点の主たる原因となつている点に留意する必要がある。これらの諸事情を比較対照すれば、Aと少年に対する処遇に著しい不公平があるとする所論には到底左袒するを得ない。〈3〉少年は幼少時から病弱のうえ、両親が離婚し、母親に甘やかされて生育したため、年齢の割に幼稚で社会性に乏しく、何事にも無器用で、入浴時に自分で身体を洗うこともできず、勾留中は警察官に洗つて貰う有様であり、また極端な偏食で発育も悪く、激しい運動もしていない。このような問題性格を矯正するためには、少年を母親から切り離し、集団生活の中で専門家の指導の下に規律ある生活習慣を身につけさせることが肝要であり、在宅処遇に成果を期待することは不可能である。所論は、Bが少年を雇つて働かせ、母親と連絡を取つて指導に当るというが、ことは専門家の知識経験を必要とする事項であり、また、少年の体力から見ても、直ちに板金塗装の職場に馴染めるものとも思われない。

以上のとおりであつて、所論にもかかわらず、少年を中等少年院に送致することとした原決定の処分が著しく不当であるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草場良八 裁判官 半谷恭一 須藤繁)

抗告申立書〈省略〉

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